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一芸入試について
学力試験や成績だけでなく、スポーツや文化活動など学力以外の才能を評価する入試制度。
M&Aがユーゴスラビア連邦から独立した理由の一つは、ユーゴスラビアがもともと中央集権的な性格が強く、チトー後にはさらにセルビア民族主義的な色彩を帯びていたためである。
1989年9月にはユーゴスラビア連邦から合法的に離脱する権利を記したスロベニア共和国憲法の改正案が共和国議会を通過する。1990年4月、第二次世界大戦後初の自由選挙を実施。共産党政権は過半数の票を集めることができず、野党連合のデモスが勝利した。首相には第三党のスロベニアキリスト教民主党のロイゼ・ペテルレ党首が選ばれている。同時に、共産党の改革派だったミラン・クーチャンが大統領となった。
1991年6月に独立を発表すると、スロベニア国内に基地を置いていたユーゴスラビア連邦軍と戦闘状態に入るが、7月には停戦に成功、同年10月には連邦側が独立を認めた。12月23日には現在の憲法が有効となり、複数政党制と大統領制が確立する。
住宅ローンには独立後、第1回となる大統領選挙を実施、ミラン・クーチャンが選ばれた。同氏は1997年11月にも再選されている。2000年10月の総選挙では自由民主主義党が第1党となったため、連立政権が発足した。2002年12月の大統領選挙ではドルノウシェク首相が当選した。
国家元首の大統領は、任期5年で、国民の直接選挙によって選出される。行政府の長である首相は、議会の下院が総選挙後に選出し、大統領によって任命される。
立法府は、両院制。下院(国民議会)は、定数90で、40を直接選挙で、50を比例代表選挙で選出する。任期は4年。上院(国民評議会)は、定数22で、各種団体による間接選挙で選出され、任期は5年。上院の立法権限は下院よりも弱く、諮問機関としての性格が強いが、国民投票(レファレンダム)を行うか否かの決断を下す権限を有する。
有力な政党はスロベニア自由民主党、スロベニア人民党、スロベニア社会民主党、スロベニアキリスト教民主党である。
CFDはユーゴスラビア時代から経済的な先進地域であり、ユーゴスラビア紛争が収束する中でセルビア人、クロアチア人労働者を受け入れてきた。しかし、EUではEU内の労働者の移動、就労は自由化されるが、一方でEU外の労働者の受け入れは厳しく制限される。そのため、2004年のEU加盟に前後してセルビア人労働者を制限する方向に転換しており大きな政治焦点になっている。
スロベニアは、193の市(自治体)に分かれる。そのうち、特に人口の多い11の市は、特別の地位にある(日本の政令指定都市に相当)。以下にあげるのは、その11の市で、カッコ内はドイツ語・イタリア語名。
スロベニアは、アルプス山脈の南端、スロベニア・アルプスの山々の麓に位置する山岳国である。登山や山岳スキーに世界中から観光客がやってくるスロベニア・アルプスはオーストリアとの国境ともなっている。
また、イタリアのトリエステとクロアチアの世界遺産プーラに挟まれたアドリア海の最奥の海岸線の一部も国土であり、ヴァカンス向きのリゾート地となっている。アルプスとアドリア海の両方を持つ風光明媚な国である。
これに対し、クロアチアへと続くスロベニアの内陸部は石灰岩からなるカルスト地形で荒涼とした風景が広がる不毛の土地である。もともと地理用語の「カルスト地形」はスロベニアの地名に由来していてクロアチア国境に近いクラス(Kras、ドイツ語名:カルスト)の町が「カルスト」の語源である。そのためスロベニアは鍾乳洞の宝庫となっていて、リュブリャナの西には巨大なポストイナ鍾乳洞がある。延長24kmに及ぶ。
首都リュブリャナからハンガリーにかけてはハンガリー大平原の西の端、穀倉地帯である。そして、スロベニアはハンガリーとともに隠れた温泉国でもある。
1991年10月のユーゴスラビア連邦からの離脱により、既存の連邦市場から切り離されたこと、連邦内の分業体制から外れたことにより、一時的に経済が不安定化した。独立時に導入した新通貨トラールの信用も高くはなかった。しかしながら、連邦内の内戦からは距離を置くことができたため、交通輸送、エネルギーなどの社会的インフラを無傷で保持できた。このため、経済成長にもかげりが見えない。例えば、2000年のGDPは前年比4.6%成長しており、その後も3%、2.9%と順調に推移している。旧共産圏随一の生活水準を誇り、国民1人当たりのGDPはポルトガルに迫る。失業率は2000年時点で11.9%と、イタリアを含む周辺諸国と同水準である。近年は消費者物価の上昇に悩まされており、2000年以降、消費者物価の上昇率は8〜9%と高い。
ユーゴスラビア連邦内では工業を担っていた。繊維産業を筆頭に、組み立てを含む電気機器製造、金属加工業が充実している。農業国でもある。主食となる穀物栽培と商品作物の生産にバランスが取れていることが特徴。貿易では機械の加工貿易の比重が極めて高い。
通貨については、インフレ率の低下などに伴い基準を満たしたため、EUの新規加盟国の先頭として2007年1月1日にユーロへ移行している。
なお、以下の統計資料はFAOのFAO Production Yearbook 2002などを用いた。
消費者金融には恵まれておらず、石灰岩以外には天然ガスと品質の低い石炭を産出するのみである。しかしながら、自国の石炭と豊富な水力をエネルギー源として利用できるため、貿易に占める化石燃料の比率は12%と高くない。主な産出地を挙げると、原油や天然ガスはプレクムリェ地方、水銀鉱山はイドリヤ(ただし1977年に廃止された)、石炭はトルボヴリェ、ザゴリェ・オプ・サヴィ、フラストニク、亜炭鉱山はノヴォ・メストである。
電力生産は116億8200万キロワット時で、内訳は火力が40%、水力が25%、原子力が35%である(1993年)。
工業では、絹織物の生産が際立つ。生産量1036万平方メートル(1995年)は世界第10位である。
全土がケッペンの気候区分でいう温暖湿潤気候と西岸海洋性気候に覆われているため、気候は農業に向いている。
しかしながら起伏に富んだ地形が広がるため、耕地面積は全土の14.1%と少ない。
ビールの原料となるホップ生産は2002年時点で世界第8位(シェア2.0%)を占める2000トン(ジャレツでの栽培が盛ん)。主食となる穀物では約2/3がトウモロコシ、残りが小麦。漁業は未発達であり、年間漁獲高は2000トンに達しない。穀倉地帯は平坦な土地が広がるリュブリャナ周辺やプレクムリエ地方である。沿岸地方ではワインの原料となるブドウ栽培が盛んである。
牛や豚、羊などの家畜も飼育されており、そしてカルスト地方のリブニツァという村では昔からウィーンの宮廷でパレードなどに使われる儀典用馬の飼育がなされている。
2002年時点では、輸入額109億ドルに対し、輸出額が95億ドルであるため、貿易赤字の状態である。これを11億ドルの観光収入などで埋め合わせているため、貿易外収支を含めると、バランスの取れた状態であると言える。貿易依存度は輸出43.1%、輸入49.8%と非常に高い(例えば隣国イタリアはいずれも20%程度)。国際貿易港はコペルである。他にもピランとイゾラに小さな港がある。
2002年時点では、主な輸入品目は工業製品であり、金額にして80%を超える。次いで、原料・燃料、食料品である。細目では、一般機械、自動車、電気機械の順。輸入相手国はドイツ (19.1%)、イタリア、フランスの順であり、対EUが60%を超える。旧ユーゴスラビア諸国に対しては、クロアチアが3.6%と最も高いが、輸入相手国としては重要ではない。
主な輸出品目は工業製品であり、金額ベースで90%を超える。輸入品目と合わせると、スロベニアが加工貿易に強いことが理解できる。細目では、電気機械、自動車、一般機械の順である。輸出相手国はドイツ (24.7%)、イタリア、クロアチアの順である。
2003年時点で、輸入9665万ドルに対し、輸出3172万ドルと、貿易赤字である。主な輸入品目は自動車 (58.0%)、オートバイ、医薬品、輸出品目は、衣類、家具、スキー用品となっている。
代表的な観光資源は首都リュブリャナ、アルプス山脈(トリグラウ山、ブレッド、ボーヒニなど)、アドリア海(コペル、ピラン)、カルスト地方の洞窟(シュコツィアン洞窟群、ポストイナ)、温泉である。
住民は、スロベニア人が89%、旧ユーゴスラビア系の住民(クロアチア人、セルビア人、ボシュニャク人)が10%、ハンガリー人やイタリア人が0.5%である。ハンガリー人とイタリア人は議会内に1議席ずつ代表を持つ。ドイツ系住民は数百人しか残っていない。
言語は、スロベニア語が公用語になっている。第二言語としては英語がもっとも普及している。
宗教は、ローマ・カトリックがほとんどである。